はじめに
「仕事が忙しくてストレスがたまっている」
「上司との関係がストレスになっている」
「仕事のことが頭から離れず、家に帰っても気持ちが休まらない」
働いていると、ストレスを感じる場面は少なくありません。
そのため、「できるだけストレスをなくしたい」と考える人も多いのではないでしょうか。
もちろん、業務量を調整したり、職場環境を改善したりすることで、ストレスの原因そのものを減らすことは大切です。
一方で、仕事をしている以上、締め切りや失敗、予期せぬトラブル、人間関係など、すべてのストレスの原因をなくすことは現実的には難しいでしょう。
だからこそ大切になるのが、
「ストレスをなくす」だけではなく、「ストレスにどう対処するか」
という視点です。
心理学では、ストレスに対して私たちが行うさまざまな対処を「コーピング(coping)」と呼びます。
今回は、心理学ではストレスをどのように捉えているのかを紹介したうえで、ストレスとうまく付き合うための「コーピング」について考えてみましょう。
同じ出来事でも、ストレスの感じ方は違う
例えば、上司から突然、
「この資料、今日中に修正してもらえる?」
と言われたとします。
ある人は、
「今日はほかにも仕事があるけど、順番を調整すれば何とか対応しよう」
と考えるかもしれません。
一方で、
「こんなの絶対に終わらないし、間に合わなかったら評価が下がるかもしれない」
と考える人もいるでしょう。
起きている出来事は同じです。しかし、感じるストレスの大きさは必ずしも同じではありません。
ストレス研究でよく知られているLazarusらの理論では、ストレスを単純に「嫌な出来事が起きた結果」として捉えるのではなく、人と環境との相互作用から捉えます (Lazarus & Folkman, 1987)。
私たちは何か出来事に遭遇すると、
「これは自分にとって脅威なのか」
「自分には対処できそうか」
といった認知的評価をしています。
つまり、ストレスの感じ方は、起きた出来事だけではなく、その出来事をどのように捉え、どの程度対処できると考えているかによっても変わってくるのです。

では、「ポジティブに考えればいい」のでしょうか?
ここまで読むと、
「だったら、嫌な出来事もポジティブに捉えればいいのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、現実の仕事はそれほど単純ではありません。
明日までに終わらせなければならない大量の仕事があるのに、
「大丈夫!何とかなる!」
と思い込んでも、仕事量そのものが減るわけではありません。
変えられる環境については、環境そのものに働きかけることも重要です。
業務量が多すぎるなら上司と相談する。役割が曖昧なら確認する。仕事の進め方に問題があるなら改善する。
こうしたストレスの原因そのものへの対処が必要な場合もあります。
一方で、私たちが経験するストレスのなかには、すぐには変えられないものや、どうしても慢性化してしまうものもあります。
こうしたストレスに対しては、ストレス対処法のレパートリー (コーピング) をたくさん持つことが重要だと言われています。
ストレスを感じた時に何をするか
ストレスを感じたとき、私たちは実はさまざまなことをしていると思います。
例えば、
・上司や同僚に相談する
・スケジュールを組み直す
・問題を一つずつ整理する
・誰かに話を聞いてもらう
・少し休憩する
・散歩する
・好きな音楽を聴く
・趣味に取り組む
こうした、ストレスの原因や、それによって生じた感情などに対して行うさまざまな対処をコーピングといいます。
コーピングにはさまざまな分類があります。
・問題そのものに働きかける「問題焦点型コーピング」
・誰かに話すなど、ストレスによって生じた感情などを調整する「情動焦点型コーピング」
・好きなことやリフレッシュできることに取り組む「気晴らし型コーピング」
・アロマやマッサージなどリラックスできる時間を持つ「リラクゼーション型コーピング」
などがあります。
例えば、仕事量が多すぎるときに「上司に相談して仕事量を調整してもらう」のは、問題焦点型コーピングといえるでしょう。
一方、すぐには状況を変えられないときに、「誰かに話を聞いてもらう」といった情動型コーピングや、「終わったら飲みに行く」といった気晴らし型コーピングを取ることもできます。
ここで重要なのは、
「どのコーピングが一番優れているのか?」
と考えすぎないことです。
コーピングは質より量
ストレス対処というと、
「運動がいい」
「睡眠が大切」
「人に相談した方がいい」
など、「結局どの方法が一番いいの?」と考えたくなるかもしれません。
しかし、いつでも、どんな状況でも使える万能なコーピングを一つ持っていればよい、とは限りません。
例えば、
「ストレスがたまったら友人に話す」
という方法が自分に合っていたとしても、仕事中にすぐ友人へ電話できるとは限りません。
「散歩する」という方法も、重要な会議の5分前には難しいかもしれません。
逆に、
「深呼吸する」
「好きな飲み物を飲む」
「やるべきことを一旦紙に書き出す」
といった方法なら、仕事中にも使いやすいでしょう。
つまり、状況によって使いやすいコーピングは違うのです。
だからこそ、「効果の高い一つの方法」を探すだけではなく、
様々な状況で自分が使えるコーピングのレパートリーを増やしておく
という考え方が大切になります。
また、ストレスを感じたときの対処法が、
「お酒を飲む」
しか思いつかなかったとします。
この場合、仕事中には使えませんし、毎回この方法に頼ると、長い目で見るとデメリットもあります。
一方で、
「同僚に相談する」
「タスクを書き出す」
「5分だけ席を離れる」
「コーヒーを飲む」
「深呼吸する」
「帰宅したら好きな動画を見る」
「散歩する」
「家族や友人に話す」
「片付けをする」
「自分にプレゼントを買う」
といったいろんな選択肢を持っていたらどうでしょうか。
そのときの状況に合わせて、
「今日はこれを使ってみよう」
と選べるようになります。
コーピングは「質より量」をキーワードに、いわばストレス対処の引き出しとして考えてみるとよいでしょう。
引き出しの中に一つしか道具がなければ、それが使えない場面では困ってしまいます。
一方、さまざまな道具が入っていれば、そのときの状況に合わせて選ぶことができます。

自分の「コーピングリスト」を作ってみる
そこで、ぜひ一度、自分が普段行っているコーピングを書き出してみてください。
ポイントは、「これは立派なストレス対処法なのだろうか?」と評価しすぎないことです。
「コーヒーを飲む」
「好きなお菓子を食べる」
「窓の外を見る」
「同僚と少し雑談する」
「好きな音楽を聴く」
といった小さなことでも構いません。
なかなか思いつかない場合には、
仕事中にできること/家でできること/一人でできること/誰かとできること/5分でできること/時間があるときにできること
など、場面を分けて考えてみると、レパートリーを増やしやすくなります。
「ストレスがたまってから考える」のではなく、余裕のあるときにあらかじめリストを作っておくとよいでしょう。
まとめ
仕事をしていれば、ストレスを完全になくすことは難しいものです。
もちろん、過重な業務や職場の人間関係など、環境を変える必要がある問題については、組織として改善することが重要です。
その一方で、日々の仕事の中では、自分自身でストレスに対処することが役立つ場面もあります。
そんなとき、
「自分には、これしかない」
ではなく、
「今の状況なら、これを試してみよう」
と思える選択肢を持っておく。
ストレスとうまく付き合うために必要なのは、「絶対に効く一つの方法」を見つけることではなく、自分なりのコーピングの引き出しを少しずつ増やしていくことなのかもしれません。
まずは今日、自分が普段やっているストレス対処を、思いつくまま書き出してみてはいかがでしょうか。
参考文献
Lazarus, R. S., & Folkman, S. (1987). Transactional theory and research on emotions and coping. European Journal of Personality, 1(3), 141–169.




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