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心理的安全性という「聖域」の再定義 ――なぜあなたのチームは「仲良し」なのに成果が出ないのか

2026/03/10
目次

昨今のビジネスシーンにおいて、「心理的安全性(Psychological Safety)」は大きなブームになりました。

2012年から2016年にかけてGoogle社が行った生産性向上プロジェクト「プロジェクト・アリストテレス」の結果が公表されて以来 、この概念は「最強のチームを作るための特効薬」のように扱われてきました。

私自身もこれまで、心理的安全性に関するセミナーや研修を行ってきた経験があります。その経験を振り返ると、多くの企業は心理的安全性を誤解している懸念があります。詳しくいうと、心理的安全性という言葉が、本来の意図とはかけ離れた「ぬるま湯のような居心地の良さ」や「摩擦を避けるための免罪符」として誤解され、消費されているのが現状です。

心理的安全性の「よくある勘違い」状態

・メンバーが互いに気を遣い、反対意見を言わない

・ミスを指摘すると相手のやる気を削ぐので黙認する

・表面的な一体感のもと、異論が出ないまま迅速に意思決定が進む

こうした状態を「心理的安全性が高い」と勘違いしているチームが少なくありません。

しかし、これらは心理学的には「心理的安全性」ではなく、単なる「低い責任感(アカウンタビリティ)」、あるいは後に詳述する「集団浅慮(グループシンク)」への入り口に過ぎません 。

本来の心理的安全性とは、決して「快適で居心地が良いだけの状態」を指すものではありません 。

それは、チームのために必要なことであれば、たとえ耳が痛いことであっても、対人関係が悪化することを恐れずに率直に発言できる状態、すなわち「対人リスクを取っても安全である」という信念が共有されている状態を指します 。

このコラムでは、心理的安全性の正しい扱い方を説明していきます。そして、なぜ一律の心理的安全性施策が失敗するのか、新たな視点を提示していきます。

学術的定義と「二つの側面」――安心感と責任

心理的安全性の定義として最も広く引用されるのは以下のとおりです。

「このチームでは率直に自分の意見を伝えても、他のメンバーがそれを拒絶したり、攻撃したり、恥ずかしいことだと感じたりして、対人関係を悪くさせるような心配はしなくてもよいという信念が共有されている状態」(Edmondson, 1999)

ここで重要なのは、これが「個人の性格特性」ではなく、あくまで「集団レベルの特性」であるという点です 。

あなたがどれほど外交的な性格であっても、チーム全体に「余計なことを言うと損をする」という無言の圧力が漂っていれば、心理的安全性は成立しません 。

またEdmondson(2019)は、心理的安全性を単体で考えるのではなく、そこに「仕事に対する責任(アカウンタビリティ)」という軸を掛け合わせて考えるべきだと提唱しています。

この「心理的安全性」と「仕事の責任」の2軸で分けた職場の状態が以下の4つのゾーンです。

快適ゾーン (Comfort Zone): 心理的安全性が高いが、責任感や目標基準が低い状態。仲良し集団(ぬるま湯)。

無気力ゾーン (Apathy Zone):心理的安全性も責任も「低い」状態。モチベーションやパフォーマンスがもっとも低い。

不安ゾーン (Anxiety Zone): 責任感は強いが、心理的安全性が低い状態。ミスが許されず、常に「誰かの顔色を窺う」ため、隠蔽やメンタルヘルスの悪化が起こりやすくなる 。

学習ゾーン (Learning Zone): 心理的安全性が高く、かつ高い責任基準が求められる状態。ここでは「率直なフィードバック」が飛び交い、失敗は「学習の機会」として歓迎される。

私たちが目指すべきは、単に「優しくし合う」ことではなく、高いパフォーマンスを出すために「互いに高い基準を要求し合える関係(学習ゾーン)」の構築です。

また、心理的安全性は、メンバーの日常的な判断において、ほぼ「無自覚」のうちに機能します 。

「こんな質問をしたら無知だと思われるだろうか」

「この懸念を伝えたら進行を邪魔すると思われるだろうか」

心理的安全性が低い職場では、こうした「対人リスク」を検知し、瞬時に沈黙を選択させます。これは意識的なサボりではなく、自己防衛のための生存本能に近い反応です。

社会心理学の観点から言えば、心理的安全性とは、チーム内に存在する暗黙のルール(規範)そのものです 。

そして、この規範を書き換えるためには、単なる掛け声ではなく、コミュニケーションという「行動」を地道に変えていく「習慣化」のアプローチが不可欠となるのです。

組織安全の科学――「ミスの数」が語る真実

心理的安全性の重要性を世に知らしめるきっかけとなったのは、Edmondsonが行った医療現場の調査でした。

この調査結果では、高い成果を上げている有能な医療チームほど「人的ミス(誤り率)」の件数が多いという、一見すると不可解なデータが示されています 。常識的に考えれば、優秀なチームほどミスは少ないはずです。

しかし、詳細な分析によって明らかになったのは、優秀なチームほどミスが多いのではなく、ミスを正直に報告しているという事実でした。

さらに、心理的安全性が低い職場では、地位格差や対人関係への不安から、率直な意見や懸念の表明が滞ることが実証されています 。

特に日本のように「空気を読む」ことが美徳とされる文化圏では、目上の人間や周囲の決定に対して異を唱えることへの心理的ハードルは極めて高く設定されています。

この「沈黙」は、単なるコミュニケーション不足に留まらず、組織全体の安全性を根底から揺るがします。

過去の悲劇的な航空機事故や大規模な組織不正を分析すると、その多くで「誰かが異常に気づいていたが、それを口に出せなかった」という共通項が見つかります。心理的安全性の高さは、単にパフォーマンスを上げるための「攻め」のツールではなく、致命的なリスクを未然に防ぐための「守り」の要でもあるのです 。

「仲良し集団」に潜むリスク

ここまでで心理的安全性が「守り」に寄与することに触れましたが、一方で「仲が良いこと」と「心理的安全性が高いこと」を混同してはなりません 。

集団の一体感の高さや仲の良さを示すものとして、集団凝集性という概念があります。これは心理的安全性とは異なる概念です。そして集団凝集性の高い集団ほど、かえって愚かな決定を下してしまう傾向があります。このような現象を集団浅慮(グループシンク)とよびます。

集団浅慮が発生すると、メンバーは無意識のうちに以下のような現象が起きます。

集団浅慮で起きること(Janis, 1972)

・過度の楽観性

・閉鎖性

・意見の斉一性への圧力

この集団浅慮がもたらした最悪の帰結の一つとして、国会事故調査委員会は福島第一原発事故を挙げています 。

当時の委員会委員長である黒川清氏は著書の中で、この事故を「グループシンクの愚によって引き起こされたもの」と断言しました 。 外部からのプレッシャー、閉鎖的な組織文化、そして強いリーダーシップといった条件が揃ったとき、組織は「自分たちに都合の良い現実」だけを信じ、破滅へと向かってしまうのです 。

Janis(1972)は、集団浅慮を防ぐための処方箋として、「リーダーが異論を奨励すること」や「あえて批判的な役割(悪魔の代弁者)を置くこと」を推奨しています 。

これらを実行に移すための土壌こそが、心理的安全性です。心理的安全性が担保されていれば、集団の凝集性を維持したまま、健全な「対立」や「摩擦」を組織の学習プロセスへと変換することが可能になります 。

心理的安全性を「習慣化」するための実践的ステップ

心理的安全性の重要性を理解しても、それを組織に定着させるのは容易ではありません。

それは、心理的安全性が単なる「知識」ではなく、日々のコミュニケーションの積み重ねによる「習慣」だからです。ここでは、習慣化研究の知見に基づいた3つのステップを提示します。

STEP 1:仕事の定義を「実行」から「学習」へ書き換える

多くの職場では、仕事は「完璧に実行すべきもの」と捉えられています。

しかし、この定義ではミスは「排除すべき悪」になります。 心理的安全性を高める第一歩は、仕事を「不確実な状況下での学習の機会」と再定義することです 。成功だけでなく、ミスや問題についても日頃からオープンに語る文化を、意図的にデザインする必要があります 。

STEP 2:リーダーによる「モデル化」と自己開示

心理的安全性の構築において、リーダーの振る舞いは最大の影響力を持ちます。

リーダー自身が「自分も間違うことがある」と認め、積極的に質問し、好奇心を形にする姿勢を見せることが、メンバーにとっての「安全」の証明となります 。 また、日頃から職場に「笑いとユーモア」を取り入れることも、対人緊張を和らげる極めて有効な習慣です 。

STEP 3:仕組みとしての「話し合う場」の設置

個人の努力に頼るのではなく、組織としての「型」を作ることも重要です。

通常は話しにくい話題(懸念点や違和感)について、あえて建設的に話し合うための専用の時間を設けます 。こうした「チームの力学について話し合う場」を定期化することで、心理的安全性は「意識的な努力」から「無意識の習慣」へと昇華されていきます 。

科学的な土壌の上に、成長する組織を

心理的安全性は、単なる流行語ではありません。それは、人間の創造性や学習能力を引き出すための「土壌」です。

私たちは、勘や精神論ではなく、科学的知見に基づいて組織を設計できる時代にいます。

あなたのチームにあるのは、「ぬるま湯」という名の沈黙でしょうか。それとも、摩擦を恐れず進化し続ける「真の安全」でしょうか。

その違いは、今日の小さなコミュニケーションの積み重ねから生まれます。

(組織心理研究所 主任研究員 丹野宏昭)

文献

Edmondson, A. C. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350-383.

Edmondson, A. C. (2019). The fearless organization: Creating psychological safety in the workplace for learning, innovation, and growth. John Wiley & Sons.

Janis, I. L. (1972). Victims of groupthink: A psychological study of foreign-policy decisions and fiascoes. Houghton Mifflin.

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