本記事について
組織心理研究所の佐藤映です。
このたび、著書『実務のあらゆる場面で活用できる 「人事」のための心理学』(日本実業出版社、2025年)を上梓いたしました。
本記事は、2025年12月24日に実施されました下記タイトルのセミナー内容をまとめたものです。
人事のための実践心理学 第121回 『書籍化記念セミナー 臨床心理士に学ぶ「人事のための心理学」』
本書は、120回にわたって実施してきた本セミナーシリーズの内容を加筆修正し、人事の様々な領域にまたがって解説した書籍となっています。
これまでセミナーにご参加いただき、貴重なご意見をいただいた皆様はもちろんのこと、
当研究所に関わっていただけるすべての方に御礼申し上げます。
本セミナーでは、そんな書籍の冒頭部分の考え方をより詳しく補足解説しながら、
書籍では語りきれなかった部分も追加で解説しています。
ぜひご一読いただき、ご参考いただけますと幸いです。
それでは、以下よりどうぞよろしくお願いいたします。
オープニング:
改めまして、クリスマスイブの年末のお忙しいランチタイムに、本セミナーにお時間を使っていただき誠にありがとうございます。
本日は、12月19日に発行した書籍『「人事」のための心理学』(日本実業出版社、2025年)の出版記念として、あらためて「人事のための心理学」というテーマでお話しします。
これまでのセミナーでは、採用・マネジメント・定着・ウェルビーイング・離職防止など、個別テーマごとに実務の話を中心に扱ってきました。一方で、私の実践の背景にある考え方――理論を現場にどう接続するのか、組織や人事の活動にどのように活かせるのか――は、まとまった形ではなかなかお話しできていませんでした。
今日はそこを、やや抽象的な部分もあるかもしれませんが、できるだけ具体例を交えながら解説します。
本セミナーは今回で121回目です。過去に実施してきたセミナーで私自身が考え続けてきたこと、皆さんからのご意見・ご感想をいただきながら更新してきたこと、また「ミキワメ」を使ったお客様支援を通じて蓄積してきたことを、書籍化する機会をいただけたことは、本当にありがたく思っています。
これまで参加いただいた方には振り返りとして、今日が初めての方は入口として、ぜひ持ち帰っていただければ嬉しいです。

理論を実務に結びつけるとは:
皆さんは日々、人事の仕事の中で、特定課題に目標を置き、解決のための行動を起こし、成果を得て、また次の目標へ――というルーティンを回していると思います。そこに心理学理論が役立てば、実務をより効率的に、より適切に、より精度高く進められるはずです。
ただ、理論の知識を得るだけでは、まだ日々の仕事と距離があります。
私は、真ん中に「自社(課題)」を置き、両サイドに「理論」と「実務」を置くイメージで整理しています。
理論とは、心理学の一般的な法則や、理想状態、原理原則などの抽象概念です。例えば、「マネジメントとはこうあるべき」「採用はこうすれば精度が上がる」「フィードバックによってエンゲージメントが上がる」といった知見です。理論のセミナーを聞くと、説明がつき、解釈が得られ、「なるほど、うちで起きているのはこういうことか」と納得しやすいと思います。これは大きな価値です。
しかし、それだけでは「じゃあ自社でどうするか」という実践にはつながりにくいでしょう。
一方、理論を切り離して実務だけで解決しようとすると、今度は自分たちのノウハウや経験に基づく場当たり的な対処になり、「本当にこれでいいのか」という不安が残ります。しかも、実務は自社文脈に強く依存します。組織規模や業界特性、拠点の有無、営業スタイル、職種の違いなど、企業によって条件は本当に多様です。
結果として、理論で説明はできても、実務へ落とし込む「下のカーブ(橋渡し)」が難しい状況が生まれます。
正直なところ、最近はAI活用によって、理論そのものは非常に得やすくなりました。AIに聞けば、現象の理論的説明は返ってきます。ただ、いざ実際にやろうとすると関連要素が多すぎて、「結局どう進めるか」「誰が何をするか」まで落とし込むのは難しい。結局、やったことがある人に聞くしかない、という状況が生まれがちです。

具体例1:早期離職が多発しているとき
例えば「早期離職が多発している」という課題があったとします。
理論的には、採用基準を細かく設定し、構造化面接を運用することで面接の質を一定に保ち、見極め精度を上げられる――という説明ができます。研究知見もあります。ここまでは「なるほど」です。
ただ、自社でやろうとした瞬間に現実が立ちはだかります。
- 構造化面接は面接官のスキル的に難しいのではないか
- 職種・事業部で評価ポイントが違い、基準が揃えづらい
- 議論に時間がかかり、ゴールが見えない
- 高業績者に共通の「コンピテンシー」は本当に抽出できるのか
- 進めると結局「前向き」「ストレス耐性」などのありがちな基準に収束しがち
- どれくらい効果が出るのか(ROI)を示しづらく、経営への説明が難しい
こうして、「理論は分かるけど、うちでどうするのか」が残ります。だから、歩留まり改善のような分かりやすい指標に寄せた施策の方が取り組みやすくなり、理論が示す“精度向上の王道”に踏み込みづらくなります。理論はあくまで理論、実務は別で泥臭くやる。この構造はよく起こります。
具体例2:メンタル不調・休職が増えているとき
別の例として、メンタル不調による休職が増えているケースを考えます。
理論的には、メンタル不調は個人内要因と環境要因の双方が関係します。個人内ではコーピング、レジリエンス、自己効力感などの概念があり、環境側では過酷な労働環境、上司との相性、職務ストレス要因などが整理されています。
ところが、実務に落とすと疑問が次々に出ます。
- 採用でストレス対処能力を見たいが、挫折経験をどう聞き、どう評価するのか
- 自己効力感は何を質問したら分かるのか
- 適性検査の指標はどこまで信用できるのか
- そもそも個人要因より環境要因が問題ではないか(業務量、ノルマ、上司の厳しさ、ハラスメントなど)
- 要素が複雑に絡み合い、「これが原因だ」と一つに決めづらい
理論はシンプル化されている分、実務者が感じる現実の複雑さに対応しづらいものです。「言っていることは分かるけど、じゃあ自社でどうするのか」「目の前のあの人はどういう状態で、どうしてあげたらいいのか」が疑問として残ります。これも典型です。
「臨床心理学」の発想
私の専門である臨床心理学は、ざっくり言えば「目の前の個(個人あるいは集団の個性)を生かした支援のための心理学」です。
多くの一般的な心理学(基礎心理学)は、調査や実験によって人の心理・行動の一般法則を明らかにし、理論を打ち立てることを目的とします。もちろんそれは重要です。
一方で、応用心理学、特に臨床心理学では、基本的に1対1で目の前の個人や個別の状況と向き合います。目の前の人がどのような文脈を持ち、どんな背景があり、どんなパーソナリティで、どんな課題を抱え、どんなリソースを持っているのかを理解し、その人が適応・成長していくために、専門家としてどう関わるかを探求します。
つまり、極めて個別的で、現場的で、実務的な営みです。
「科学の知」と「臨床の知」
ここで、私が今日いちばん持ち帰っていただきたい言葉が「臨床の知」です。
「科学の知」と「臨床の知」という対比があります。
科学の知
普遍的・論理的・客観的であることが特徴的な知のあり方です。再現性があり、誰が見ても同じ結論にたどりつく。主観や文脈要因を排除し、説明可能性を高めていくための知です。人の主観や時間的文脈などを排除した原理原則といってもよいでしょう。
臨床の知
一方で臨床の知は、個別性が高く、多義的で、関係性やその場の状況、そして実際の行為と結びついた知です。科学の理論が教えてくれない「現場で実際にどうやるか」「その場で何が起きているか」を扱います。
分かりやすい例として、自転車の乗り方の知識が挙げられます。
自転車の乗り方は、言葉で一般法則として説明できます(ペダルを踏むと推進力が生まれ、前進によってバランスがとれる等)。これは科学の知です。
しかし、実際にサドルに乗り、漕ぎ、バランスをとって走る技能は、説明とは別の知です。これは手続き的知識でもあり、行為の中で身につく臨床の知に近いです。
自転車に乗る方法や仕組みを知っていること(科学の知)と、実際に乗れる技術を身体が知っていること(臨床の知)は異なります。
私は、人事の皆さんが日々向き合っている「ドロ臭い実務」は、まさにこの臨床の知の領域だと考えています。理論は重要ですが、理論だけでは橋を渡れない。その橋を渡るための骨組みが臨床の知だ、ということです。
臨床の知を蓄積するための心構え:4つのポイント
理論ももちろん参照します。ただ、その理論を自社で実践可能な形に解釈しなければならない。そのときに大事なのは、「絶対的な正解がある」と思いすぎないことです。
理論はメリットを示しますが、同時に限界やリスクもあります。利点と限界の両方を見る。楽観視しすぎない。これが前提です。
その上で、私が提示したい心構えは4つです。
1)複眼で見る
人や組織が関わる事象は常に多義的です。例えば採用KPIで、内定承諾数がある数字になったとしても、その背景ストーリーは一つではありません。母集団形成の問題、選考基準の問題、面接の運用、アトラクト施策、景気や競合――複数の意味が常にあり得ます。
事象だけでなく、人間や組織に対する解釈や理解そのものが、常に多義的で目に見えないものです。
「これが原因だ」と決めすぎず、複眼で保持することが必要です。
2)仮説的に考える
答えが一つではない前提に立ち、あらゆる可能性に開かれた問いを投げかけます。事象をできるだけ詳しく把握しようとする態度をもち、仮説的にさまざまな角度から考え、解像度を上げましょう。
「こうなんじゃないか」「別の可能性はないか」という仮説を常に複数持ち、仮説を重ね合わせながら全体像を把握することが大事です。
3)対話で関わる
トップダウンに決めて伝達しやりきることが必要な局面ももちろんあります。ただし基本は、関係者の認識を揃え、「こうやっていきましょう」という共通認識をつくることが重要です。現場に近いところの感覚に根ざした、腹落ち感のある施策を実行するためにも、現場責任者や現場の課題に対して解像度が高い人の意見をひろい、常に対話してすり合わせる姿勢が大切です。
ここで言う対話は、きれいごとの“優しい会話”ではありません。議論であり、意見や主観のぶつけ合いです。ぶつかり合いを経て共通認識をつくる活動そのものが、人事実務の中心にあると思います。
4)試行する
もちろん、ただ仮説を立てて話しているだけでは何も前に進みません。仮説ベースでも可能性の大きい課題に対して、まずは動いてやってみる。効きそうなところから実行し、変化や修正をしながら、結果を見てそれを繰り返す。PDCAとはそういうものです。
定量・定性の情報を集め、多義的に解釈し、仮説を立て、関係者とすり合わせて実行する。このルーティンを回すことが、理論を踏まえて実務を前に進めるために重要です。というよりも、多くの場合は「そうするしかない」状態だと思います。
参考図書:『カウンセリングとは何か』(東畑開人先生)
臨床の知をより理解したい方に向けて、東畑開人先生の『カウンセリングとは何か』をご紹介します。
この本には、カウンセリングの大きな2つの方針として、
- 作戦会議としてのカウンセリング(いま危機で、まず生き延びるための足元対応が必要な状況)
- 冒険としてのカウンセリング(比較的落ち着いているが、長い目で生き方を探る相談)
が出てきます。
これは個別のカウンセリングの話題ではありますが、組織文脈にも置き換えて考えられると思います。
足元の成果達成のために対症療法的に引っ張るトップダウンなアプローチと、中長期の個人の成長・能力開発・組織ガバナンスをつくるアプローチの対比としても読めるのです。前者は短期成果では有効ですが、それだけを続けると長期的には歪みが出る。だから両方が必要になる。この対比を考える上でも参考になります。
※2026の新書大賞にも選ばれておられます。ぜひご一読ください。
書籍に載せられなかった内容(補足)
ここからは補足です。書籍には入れたかったけれど入れられなかった内容を、資料を交えて解説しました。
1)選考:面接で能力特性をどう見極めるか
選考において、能力特性を面接でどう見極めるか。私なりのフレームとして、面接の中で4つの能力特性のレベル感を把握していく整理をしています。書籍には載せられなかったので、補遺として解説しました。
注意点としては、能力を「個人の内部にある固定的な数値」のように捉えないことです。
日本では学力偏差値主義的な教育観から、「能力は個人の内面に宿るものであり、個人差・能力差がある」と考えられやすいです。実際、科学的な研究でもそのような考え方から、知能やIQ等の研究も行われています。
一方で、仕事や生活をしていくうえで発揮される能力は、個人の潜在力だけでなく、環境で求められることとの相性も大きく関わっています。加えて体調や経験的な要素など複雑な関連性のあるものです。
どのような時にどのような能力を発揮しやすい人なのかということを含めて、能力面もより柔軟に捉える必要があるでしょう。

2)興味関心:キャリアアンカー(8種類)とRIASEC
能力だけでなく重要なのが興味関心です。興味関心は人それぞれで整理しにくいと思われがちですが、研究として大枠の方向性があり、例えばキャリアアンカーのように8種類の方向性として整理できます。
プロフェッショナル志向、管理者(リーダー志向)、安全・安心やワークライフバランス志向、自律性や起業志向、社会貢献志向など、方向性の違いがあり得ます。候補者の志向と、自社で想定するポジションや将来のキャリアが合うのか、逆に会社としてその配置が良いのか――そういった検討の参考にすることができます。
また、ホランドのRIASECモデルとして、興味関心の6つの方向性があるという理論もあります。対人的な方向性、ものづくり・技術的方向性、表現・芸術的方向性、オペレーション構築的な方向性など、興味の向きが違えば、仕事へのフィット感や満足にも影響します。ここも個別の意向度あげや入社後のマッチングに使える知見です。
参考サイト:https://career-base.jp/blog/support/p6908/

3)マネジメント:問いかけの6種類
第4章では1on1を扱い、共感的に関わることと指導的に関わることを対比させています。ただ、その間をつなぐ「問いかけ」の整理はほとんど書けませんでした。そこで、私なりに問いかけを6種類にまとめて、今回初めて提示しました。
上の3つは共感的モード、下の3つは教育的(指導的)モード寄りです。
- 興味を示す:問いというよりリアクションに近い。頷きや態度で「聴いている」を伝える。
- 情報収集:状況把握のために質問する。
- 理解を確認する:「いまの話はこういう理解で合っていますか」と確認する(共感にもつながる)。
- 考えを深めさせる:「なぜそう思ったのか」「どういうところからそう感じたのか」など思考プロセスを振り返らせる。
- 理解の整理:自己理解を促す。本人が当たり前と思っている前提を問い直し、「自分の特殊性」に気づけるようにする。
- 行動に落とし込む:「次までに何をするか」「どう進めるか」を具体化する。
問いかけは、場当たりでやると面談が散らかります。型として持っておき、状況に応じて使い分けることで、共感と指導の両方を実務として成立させやすくなる、という趣旨で補足しました。

まとめ:人事は二項対立(コンフリクト)を統合していく仕事
最後に、私がセミナー全体を通して伝えたかったことをまとめます。
実務を回していくと必ずぶつかるのが二項対立です。対立・ぶつかり合いが起きるのは、人と組織が関わる以上、むしろ自然です。人事はその双方の意見を聞く立場に置かれやすいと思います。
重要なのは、対立を「どちらか一方を選ぶ」ことで終わらせないことです。
いま何が起きているのかを可視化し、「こういう意見とこういう意見がある」「でも共通のゴールとしてはここに向かいたいはずだ」と言語化し、統合的に解決するにはどうしたらよいか――この方向に議論を持っていくファシリテーションが、人事の仕事として非常に重要だと思っています。
足元の成果達成 vs 中長期の成長、営業のニーズ vs 開発のニーズ、トップダウン vs ボトムアップ、管理側の都合 vs 従業員の意思。採用でも、面接官と候補者の関係が対立的(腹の探り合い)になると良い面接になりません。配属でも、一方的に説明すれば離職を促進しかねない。目標管理でも、上司が「やれ」と押すだけではうまくいかない。メンタルヘルスでも、本人と会社の都合がぶつかる。
こうしたコンフリクトをどう扱うかが、組織を良くしていく上で根源的な論点です。
片側を排除して強行し続けると、思考が狭まり、凝り固まり、変化が生まれにくくなる。逆に、対立する意図やニーズを整合させながら、大きな流れを一つにしていくことが、人事(HRBPを含む)の役割だと私は考えています。
(書籍も、ノウハウだけではなく、こうした考え方・心構えが多く書かれている、という理解で読んでいただければと思います。)

ツールの話:システムは「入れる」より「使い方」が難しい
資料の残りでは、弊社の「ミキワメ」(パーソナリティアセスメント、従業員サーベイ等)も紹介しています。ただ、システムはツールなので、入れただけではうまくいきません。
サーベイでも、管理者が「こう使いたい」という意図と、従業員が「こう使ってほしい」というニーズが整合しなければ施策は空回りします。1on1ツールも同じです。ツールを実務でどう使うかは、まさに今日話した「文脈」「コンフリクト」「対話」「試行」と不可分です。日々それを担っているのが人事の皆さんだと思っています。
質疑応答(セミナー内で扱った内容の整理)
ここからは、いただいたご質問と私の回答を、セミナーでお話しした順に整えて記します。
Q1:客観的データで組織活性化をしたい。何を集め、どんな専門家が必要か
専門家については、人事部門としてデータ分析の専門家を確保するのは難しいのが所感です。ただ、可能であれば、社会的な数値を扱ったことがあるデータ分析の専門家が良いと思います。経済学や社会学などの背景があり、データアナリティクスの実務経験がある人材が望ましい、という趣旨でお話ししました。
人事データは領域で分けると、大きく「攻めのデータ」と「守りのデータ」に整理できます。
守り(衛生要因)であれば、残業時間、休暇日数、勤怠、遅刻回数などの労務指標、ストレスチェック、従業員サーベイなど、コンディションに関するデータなどが挙げられます。加えて、プレゼンティーズムという指標もあるので、健康経営の観点で調べてみてほしい、とお伝えしました。
攻め(動機づけ・成果)であれば、目標達成率、業績評価、日々のアクション実行率(ログがあれば)、期中の目標達成状況、マネジメント能力に関する指標、等級・役職情報などが候補になります。
結局は「どういう課題に対してどんなデータが必要か」ですが、よく分からない場合は広めに集め、組織活性化に関係しそうなデータで分析していくのが現実的だろうと思います。
Q2:問題社員を改善させるための対話に必要な心理学的知識は
まず「問題社員」をどう定義するかが重要です。社員の側に問題があるのか、環境側に問題があるのか――これは複眼で捉えた方が良い。どんな環境でも同じような挙動をする人もいますし、そういう場合は個人の内面要因が相対的に大きい可能性もありますが、あまり考えずなんでも個人の自己責任に帰していると、組織の学習は停滞し、成長していきません。「組織的他責」の状態です。
必要な知識としては大きく二つで、
1)成長を促す面談の知識(1on1、コーチング心理学など)
2)その人やその状況をどう理解するかというアセスメント・個人理解(性格理論等)・場の理解・システム思考
です。
また、問題の根の深さによって変えやすさが違う、という話をしました。大学生くらいの挫折経験など比較的後天的な要素であれば改善の見込みが高い場合もある。一方、幼少期から続く根深い特性は、変えようとしても難しいケースがある。定数(変わりにくい要素)に固執するより、その人のアセットや伸びしろを活かし、より生産的な方向に紐づけた方が良い場合もある。自己理解が深まり、「この環境では難しい」と本人が理解すれば、結果として環境移動(離職)に向かうこともあり得ます。
ただし繰り返しになりますが、何でもかんでも個人要因に回収して自己責任にしすぎるのは望ましくない――ここは注意点として明確にお伝えしました。
人のパフォーマンスには波があります。絶対評価として「問題社員だ」とレッテルを貼るのではなく、今この状況でその人が、なぜそのように捉えられてしまっているのか、誰のどのような思惑や都合が絡み合っているのか、その人がうまく機能するには、どのような相互作用が起こっていくとよいのか、これらを考えることなしに、一方的に低評価をつきつけることは、学習につながらない職場風土を生み出してしまうでしょう。
Q3:個人にフォーカスする臨床心理士として、組織と個をつなぐバランス感覚は
私は、個人も組織も「個別の性質を持つもの」として、構造的には近いと感じています。個人の中にも葛藤があります。「こうしたい」欲求と「こうすべき」統制がぶつかる状況です。
組織でも同じで、従業員はこうしたい、会社トップはこうしてほしい――がぶつかることはよくありますね。
このコンフリクト構造として見ると、人と組織を全く別のものとして見なくてよくなり、むしろ近い原理として扱えます。「組織の課題は、個人の振る舞いを通して顕在化する」とも言えると思います。
個人に起こっていることを個人の現象だけでなく、組織との相互作用の中でおこる有機的な現象と捉えることで、さまざまな課題や支援方針が見えてきます。
Q4:適応障害の診断が出た場合の信憑性や指導方法
適応障害は、明確なストレス源があり、それによって機能障害に陥っている、という整理です(詳細定義は別として、セミナーではこの骨子で説明しました)。
医師の診断が出ている以上、医師ではない立場から信憑性を判断するのは難しい面があり、会社としては医師の指示に従いながら事故にならないよう対応する必要があります。本人が「働きたい」「大丈夫」と言っても、医師判断を無視して就労を継続させ、悪化した場合には安全配慮義務の観点で問題になり得ます。本人意思・医師判断・会社判断がぶつかりやすい領域であるため、就業規則等に沿い慎重に進めるべきでしょう。
Q5:人事メンバー間の方向性の違いは、揃えるべきか/許容すべきか
正解は一つではない前提です。私は誰かの意見が正しい、といった「正解探し」に陥らないことを勧めています。
ただし、「みんな違ってみんないい」で終わるのも適切ではありません。考え方の違いは、思考道具が増えることと同義です。打ち手の幅が広いほど、さまざまな局面に対応ができます(セミナーでは比喩も交えて話しました)。
大事なのは、事業状況に整合するように打ち手を選択できることだと思います。そのために、いろんな価値観ややり方を持ちつつ、事業状況に即して選ぶ、という共通認識を持てると良いのではないでしょうか。
事業の波に合わせながら、攻めるときの攻めかた、守るときの守りかた、どちらも対応できるような、思考や価値観の広いしなやかな人事チームを目指すのが良いと思います。
Q6:臨床心理学はどんな目的や課題に有効に機能するか
臨床心理学は、実務をどう前に進めるかというときに役に立つ心理学です。一般心理学が多数データから普遍的傾向を明らかにするのに対し、臨床心理学は膨大な事例(カウンセリング記録等)の積み重ねから、心の構造や関わり方のパターンを見出してきました。(※臨床心理学でも一般データから客観的な法則を見出す方法ももちろんあります)
個人を理解するとき、「この人はなぜこうなのか」という問いにヒントを与えてくれます。ただし、答えをくれるわけではありません。絶対にそうだと言い切れるものではなく、仮説的に扱う領域であり、すっきりしない“モヤっと感”が残りやすい――その点も含めてお伝えしておきます。
Q7:能力はあるのに意欲がない社員への対話(やる気を引き出すポイント)
ぜひ自己決定理論を参照してみましょう。やらされる仕事が「自分ごと」になっていくプロセスが研究されており、内発的動機づけに重要な要素として、
- 自律性(自分でやっている感)
- 有能感(できている実感)
- 関係性(つながり・助けが得られる感覚)
の3つがあります。
対話のポイントとしては、意思決定や次のアクションを本人が決めるような問いかけを増やし、自律性を促す。できていることはできていると伝え、有能感を高める。困ったときに周囲が支援できる関係性を整える。
この3要素を仕事の中でどれくらい「体験できるか」が重要です。
勘違いしてはいけないのは、たとえば「自律的になりましょう」と言われて自律を目指すのは、果たして自律的でしょうか?
これらの体験を、いかに従業員が自発的に見つけていけるか、そういう信頼関係や場作りができるかが重要ですね。
Q8:心理的安全性を高める施策を心理学的観点から考えると
まず、心理的安全性は「ぬるま湯」ではありません。健全に対話ができ、意見をぶつけ合え、議論ができる状態です。つまりコンフリクトに向き合いやすい場のことであり、その分、心理的負荷も高いとも言えます。
施策としては、マネージャーが心理的安全性を高める関わり方を意識しているかが鍵です。一方的に伝える、マイクロマネジメントで管理しすぎる、という方向は逆になります。
自律性を促し、部下の意見を取り入れ、意思決定参加を促す(権限委譲にも近い)ことが重要です。ただし、意思決定に参加させても責任を丸投げするわけではなく、責任は上司側が持ちつつ、部下にも考えさせ、共同創造するイメージを持ちましょう。
具体策としては、マネージャー向けの実務研修を行い、研修だけで終わらせず、日々の実務に落とし込めているかの定期的な振り返りまで含めた育成が必要になるでしょう。
Q9:メンタルが弱くなって休みがちな従業員の対処で、人事と上長の役割分担は
上長は一番近くで見ている人ですが、専門家ではないので、基本は「つなぐ役割」を担います。何かおかしいと思ったら早めに人事へ情報共有する。
人事は本人から状況を聞いた上で、外部につなぐ必要があるか、社内で休む/有給等で対処できるか、どういう対処方法が必要かを検討する。
この整理で対応フローを型化しておくと、迷いづらくなると思います。
Q10:コミュニケーションは質より量か
私はどちらかというと質が大事だと思っています。ただし量ももちろん大事で、コミュニケーションがオーバーマッチ(過剰)になりすぎても良くない。バランスが大事ですね。
Q11:エンゲージメント等のスコアが毎年上がり続けることへの疑問
非常に良い視点だと思います。可能性はいくつかあります。
1)本当に状態が良くなっている
2)低スコアの人が退職し、結果的にスコアが上がっている
3)トップメッセージ等で「上げたい」が強まるほど、従業員が忖度して回答し、じわじわ上がっていく
対処としては、サーベイ運用について別アンケートを取る、従業員にピンポイントでインタビューする、スコアが高い/低いチームのマネージャーにヒアリングするなど、定性的に実態確認して解像度を上げることが必要ですね。
Q12:心理専門職が企業内人事部員として存在する最大メリットは
専門職のキャパシティにもよりますが、私が最大の専売特許だと思うのは「面談」です。
面談のやり方、個人理解(この人はどういう人で、どう関わるべきか)、面談後の処遇判断・対処判断において、心理専門職の知識が活かせる。
社内に一人でもいることで、労務対応で困ったときに誤った対応をして悪化させることを予防できる――この点はメリットであろうと思います。
学校現場は医療現場での多職種連携の経験が豊富な心理士であれば、チームでさまざまな価値観や意見が混ざり合う現場で、どのように意思統一しながらファシリテーションして仕事を進めていくのか、ということのコミュニケーション調整実務に長けている心理士もたくさんいます。
こういった方は、チームに介入してコンフリクトを解消したり、部門間対立の解消などにも力を発揮してくれるでしょう。
クロージング:今後も継続してアウトプットします
多くのご質問・ご意見をいただき、ありがとうございました。今後もセミナーや文章化・アウトプットを継続し、皆さんの実務に役立つ知見を提供していきたいと思います。
ミキワメともども、引き続きよろしくお願いいたします。

.png&w=3840&q=75)
.png)

