「期待の若手2人を競わせたら、一方が意欲を失い、チームの雰囲気まで悪くなった」
「同じプロジェクトに入れた実力者同士が、互いの足を引っ張り合っている」
これらは偶然でも、個人の未熟さでもありません。
むしろ「優秀な人材を同じ土俵に置いたとき」にこそ生じやすい、予測可能な心理現象なのです。
マネージャーの皆様なら、一度はこうした現場の摩擦に頭を悩ませたことがあるのではないでしょうか。これらは個人の「性格」や「相性」の問題として片付けられがちですが、実は人間の自己評価を守ろうとする強力な心理的メカニズムが背後に潜んでいます。
社会心理学における自己評価維持(SEM)モデルという知見を用いると、この摩擦の正体と、エビデンスに基づいた解決策が見えてきます。
なぜ「身近なライバル」の成功は、素直に喜べないのか
人間は、客観的・物理的な基準がない場合、他者と比較することで自分を評価しようとする「社会的比較」の欲求を持っています 。この社会的比較において、他者の成功が私たちの心理にどのような影響を与えるかを整理したのが、自己評価維持(SEM)モデルです(Tesser, 1984)。
SEMモデルでは、他者の成功が自己評価に及ぼす影響は、主に「心理的距離(近接性)」と「課題の自己関連性(重要度)」の組み合わせで決まるとされています。
① 反映過程(誇り)が生じるケース :チームが強くなる比較
自分にとって重要度が低い領域で、心理的に近い他者が成功したとき、私たちはその成功を自分のことのように誇らしく感じ、自己評価が高まります 。これを「反映過程」と呼びます。
【具体例】 営業職のAさんにとって、同じチームの親友Bさんが「社内のフットサル大会でMVPを獲った」というニュースを聞いた場合。Aさんにとってフットサルは業務上の重要度が低いため、Bさんの活躍を「俺の相棒はすごいんだ」と素直に称賛し、自分のことのように誇らしく感じることができます。
② 比較過程(脅威)が生じるケース :チームを壊す比較
自分にとって重要度が高い領域で、心理的に近い他者が成功したとき、私たちの自己評価は脅かされ、嫉妬やフラストレーションが生じます 。これを「比較過程」と呼びます。
【具体例】 Aさんと親友Bさんが、共に「トップ営業マン」を目指して競い合っている場合。Bさんが大型契約を受注し表彰されると、Aさんの心には激しい嫉妬や「自分はダメだ」という無力感が生じやすくなります 。課題の重要度が高すぎるため、Bさんの成功はAさんの有能感を直接的に引き下げる要因となってしまうのです。

組織を停滞させる「不適応な防衛反応」の正体
自己評価に脅威を感じたメンバーは、無意識のうちに以下のような行動で自尊心を守ろうとします。
心理的距離の調整:「アイツとはタイプが違う」と相手を遠ざけ、協調を拒む。
課題の重要度の調整:「この仕事は自分にとってそれほど価値がない」と、業務への情熱をあえて下げる。
他者の遂行レベルの調整:「アイツの成果は運が良かっただけだ」と過小評価する。

特に注意すべきは、この「他者軽視」が習慣化してしまうケースです。
自分自身の直接的な達成経験がないまま、他者を批判的に評価・軽視することで「偽りの有能感」を維持しようとするこの状態は、努力を避ける傾向(学習量志向の低下)や、周囲への強い不快感情を引き起こします。
誰か特定の人物の問題というより、多くの組織で繰り返し観察される典型的なプロセスです。
結果として、かつてのエース候補が「評論家」となり、組織全体の士気を下げるという悲劇が起こるのです。
社会心理学に基づく「摩擦解消」のマネジメント戦略
マネージャーが取り組むべきは、メンバーの意識を「比較過程」から、健全な「反映過程」や「自己成長」へと導く環境設計です。
以下にマネジメント戦略の具体例を示します。
① 「重要度(自己関連性)」の戦略的ずらし
全員を全く同じKPIで競わせるのではなく、個々のメンバーに「この領域なら自分が一番だ」と思える独自の専門性を付与しましょう。
「営業」という大きな括りではなく、「新規獲得のエース」と「顧客深耕のスペシャリスト」というように役割(担当領域)を切り分けることで、他者の成功を「チームの誇り(反映過程)」として捉えやすくします。
② 「社会的比較」から「継時的比較」への転換
他者との比較(社会的比較)に陥っているメンバーに対し、フィードバックの軸を「過去の自分自身」との比較(継時的比較)に意図的にシフトさせます。
「チーム内で何位か」ではなく、「半年前のあなたと比べて、このスキルの精度がこれだけ上がった」と言語化します。自分の中での成長(熟達目標)を実感させることで、外部の成功に揺らがない「真の自尊心」を構築させます。
③ 上位目標(Superordinate Goals)の提示
社会心理学の実験で、対立するグループ間に「一人の力では達成できず、全員が協力しなければならない目標」を与えることで、摩擦が解消し、協力関係が生まれることが示されています(泥棒洞窟実験:Sherif, 1966 )。
個人の成績(遂行目標)だけでなく、「チーム全体でしか成し得ない大きな成果」を強調しましょう。他者の成功が「自分の目標達成のためのリソース」に変わったとき、比較による脅威は、協力による相乗効果へと転換します。
④ 評価軸の多層化による「自己複雑性」の強化
自分を多面的な存在(例:リーダーとしての顔、技術者としての顔、チームの調整役としての顔)として捉えている人ほど、一つの領域での比較ダメージを受けにくいことが示されています(自己複雑性:Linville, 1985)。
マネージャーは、特定の成果(数字)だけでなく、「ナレッジ共有への貢献」「若手の育成」「リスクへの対応力」など、評価のモノサシを複数提示すべきです。これにより、一つの「比較」で個人の自信が全否定されるのを防ぎます。
マネージャーは「心理的環境」の設計者
組織内の摩擦は、個人の資質の問題ではなく、多くの場合「比較の構造」が生み出しています。各メンバーが「自分は価値ある存在だ」と実感できる適切な役割をデザインすることで、チーム内の嫉妬や葛藤のリスクを低減させることができます。
これは、単なる「仲良しグループ」を作ることではありません。
お互いの専門性を尊重し、一方の成功をチーム全体のエネルギーに変えられる、「科学的な相互補完関係」を築くことになります。
(組織心理研究所 主任研究員 丹野宏昭)
文献
Tesser, A.(1984).Self-evaluation maintenance processes: Implications for relationships and development. In J. C. Masters & K. Yarkin-Levin(Eds.),Boundary areas in social and developmental psychology. New York: Academic Press. pp. 271-299.
Linville, P. W. (1985). Self-complexity and affective extremity. Journal of Personality and Social Psychology, 49(1), 94-120.
Sherif, M. (1966). In Common Predicament: Social Psychology of Intergroup Conflict and Cooperation. Houghton Mifflin.




