はじめに
「部下は褒めて伸ばした方がよい」
マネジメントについて学んだことがある方なら、一度は耳にしたことがあるかもしれません。
実際、部下の良いところを見つけて褒めることは、良好な関係づくりやモチベーションの向上につながりそうに思えます。
一方で、
「意識して褒めているけれど、なかなか行動が変わらない」
「褒めてもあまり響いている感じがしない」
「そもそも、何をどう褒めればいいのか分からない」
と感じた経験のある方もいるのではないでしょうか。
では、本当に「褒めれば人は伸びる」のでしょうか。
職場における言語的報酬について先行研究をまとめた近年のシステマティックレビューでは、賞賛などの言語的な働きかけと、従業員のモチベーションやパフォーマンスとの関係が検討されていますが、その効果は「とにかく褒めればよい」といえるほど単純なものではないことも指摘されています(Siverbo, 2026)。
それでは、部下の成長や行動変容につながる「効果的な褒め方」とは、どのようなものなのでしょうか。
この疑問を考えるうえでヒントになるのが、心理学の一分野である行動分析学の「強化」という考え方です。
「褒めること」と「強化」は同じではない
例えば、会議でなかなか発言しない部下がいたとします。
上司としては、もう少し積極的に意見を出してほしいと考えています。
そんな部下が、ある日の会議で珍しく自分から意見を述べました。そこで会議後に、
「今日の会議で自分から発言できたのいいね!意見も良かったよ!」
と声をかけたとします。
一般的には、これは「部下を褒めた」といえるでしょう。
しかし、行動分析学では、ここで「褒めることができたから成功」とは考えません。
注目するのは、その後、その部下の行動がどう変わったかです。
例えば、その後の会議でも自分から意見を言うことが増えたとします。
このように、ある行動の後に何らかの出来事(今回の場合は上司からの褒め)が起こり、その結果として、その行動が将来的に増えることを、行動分析学では「強化」と呼びます。
ここで重要なのは、
単に「褒める=強化」ではない
ということです。
褒めた結果としてその行動が増えてはじめて、「褒めることが、その人にとって強化として機能した」と考えます。
逆に、上司が一生懸命褒めていたとしても、部下の行動が変わらないのであれば、その褒め方は少なくとも、その行動を増やすようには機能していないのかもしれません。
つまり、「上手に褒めること」そのものをゴールにするのではなく、その後の行動がどう変わったかまで見ることがポイントです。

「人」ではなく、「行動」を褒める
では、実際に部下を褒めるときには、何に注目すればよいのでしょうか。
一つのポイントは、部下の「どの行動を増やしたいのか」を具体的にすることです。
例えば、
「さすがだね」
「優秀だね」
「最近頑張っているね」
といった言葉は、言われた側にとって嬉しいものかもしれません。
しかし、これだけでは「自分の何が良かったのか」が分かりにくいことがあります。
そこで、
「今日の会議で、自分から最初に意見を出してくれたのがよかったよ」
「○○社から問い合わせがあったとき、すぐに状況を共有してくれたのが助かったよ」
など、具体的な行動と結びつけて伝えてみます。
ここで重要なのは、単に「具体的に褒めるテクニックを使う」ということだけではありません。
上司自身が、
「この部下に、具体的にどんな行動が増えてほしいのだろう?」
と考えることです。
例えば、
「もっと主体性を持ってほしい」
という希望があったとします。
しかし、「主体性」は実際に現実場面でこの眼で観察することが難しい言葉です。
そこで、
「会議で自分から意見を一つ出す」
「問題に気づいたら、上司から聞かれる前に共有する」
「指示を待つ前に、次に取り組む仕事を提案する」
など、実際に観察できる行動まで具体化してみます。
「この人は主体性がない」と人そのものを評価するのではなく、「どんな行動が、どんな状況で起きると良いのか」を考えます。
これは行動分析学の重要な考え方の一つです。

職場でも「具体的な行動」に注目した研究が行われている
こうした行動分析学の考え方は、実際の職場でも応用されています。
組織や職場に行動分析学を応用する領域は、OBM(Organizational Behavior Management:組織行動マネジメント)と呼ばれています。
例えば、Loewy & Bailey(2007)は、小売店で働く従業員を対象として、顧客への挨拶、アイコンタクト、笑顔といった具体的な接客行動に着目しました。
この研究では、従業員の行動をグラフでフィードバックすることに加え、目標設定や管理職からの即時の言語的賞賛などを組み合わせ、対象となった顧客サービス行動の変化を検討しています。
ここで注目したいのは、
「接客意識を高める」
「もっとお客様を大切にする」
といった抽象的な目標ではなく、
「挨拶する」「アイコンタクトをとる」「笑顔を見せる」
という具体的な行動を対象にしていることです。
職場で部下に変わってほしいと思ったとき、私たちはつい「意識」「やる気」「主体性」といった言葉を使います。
しかし、実際の行動まで具体化してみることで、「何を増やしたいのか」「何に対してフィードバックすればよいのか」が見えやすくなります。
褒めるなら、「タイミング」や「褒めの意味」を戦略的に考える
次に、褒めるタイミングについて考えてみましょう。
例えば、部下が月曜日の会議で良い発言をしたにもかかわらず、金曜日の1on1になってから、
「そういえば月曜日の会議、よかったよ」
と伝えたとします。
もちろん、それ自体が意味のないこととは限りません。
ただ、どの行動に対するフィードバックなのかを分かりやすくするという点では、行動とフィードバックとの関係を明確にすること、つまり即時に伝えることが重要です。
例えば会議の後に、
「さっき、自分から意見を出してくれたのがよかったよ。あれをきっかけに議論が進んだと思う」
と伝えれば、
「自分から意見を出した結果、上司から肯定的なフィードバックがあった」
という関係が部下にとって分かりやすくなります。
そして、もう一つ重要なポイントがあります。
それは、同じ褒め言葉でも、人によってその意味が異なるということです。
例えば、上司から、
「素晴らしかったよ」
と言われることが大きな励みになる人もいるでしょう。
一方で、人前で褒められることを気恥ずかしく感じる人もいます。
また、言葉で評価されることより、
「自分のアイデアが採用される」
「成果が数字として見える」
「同僚や顧客から感謝される」
といった出来事の方が、次の行動につながる人もいるかもしれません。
つまり、
上司にとっての「褒められて嬉しいこと」が、部下にとっても同じ「褒められて嬉しいこと」として機能するとは限りません。
行動分析では、「これをすれば人は喜ぶはず」とあらかじめ決めるのではなく、実際にその後の行動が増えたかどうかから判断するからです。
職場での賞賛についても、その効果は一様ではありません。
例えばEarley(1986)は、職場における賞賛については、上司への信頼や、本人がそのフィードバックをどの程度重要だと捉えているかが重要であることを報告しています。また、組織におけるパフォーマンス・フィードバックを整理したJohnson et al.(2022)も、フィードバックの機能や提示方法など、個人によってさまざまな要因を考慮する必要があると指摘しています。
つまり、
「この褒め方なら誰にでも効く」という万能な方法があるわけではありません。
だからこそ、相手の反応と、その後の行動を見ることが大切になります。
ここまでのまとめ
ここまでの話を、実際のマネジメントに落とし込んでみましょう。
部下を褒める際には、次のような順番で考えることができます。
①増えてほしい行動を具体的にする
「もっと主体的になってほしい」ではなく、
「会議で自分から意見を出す」
「問題が起きたら早めに共有する」
など、実際に観察できる行動まで具体化してみます。
②その行動が起きたら、何が良かったのかを伝える
「さすが」「優秀」だけではなく、
「○○してくれたことで、仕事が進めやすくなった」
と、どの行動について伝えているのかを分かりやすくします。
③相手の反応を見る
自分が嬉しい褒め方が、相手にとっても同じとは限りません。
どのようなフィードバックを受けたときに、その人が前向きな反応を示しているかを観察します。
④その後の行動を見る
そして、行動分析学の視点では、ここが特に重要です。
その後、増えてほしい行動は実際に増えているでしょうか。
増えているのであれば、その働きかけが行動を支えるものとして機能している可能性があります。
一方で変化がなければ、
「せっかく褒めているのに、本人にやる気がない」
と考える前に、
「この人にとって、この行動を続けたくなる環境は何だろう?」
と考えてみます。

「どう褒めるか」から「行動が起こりやすい環境をどうつくるか」へ
これまで、部下の行動変容につなげるために、褒めをどのように活用するかについて考えてきました。
しかし、行動分析学の視点から考えると、本当に重要なのは、褒め言葉そのものではありません。
部下にどのような行動が増えてほしいのか。
そして、その行動の後にどのような結果が待っているのか。
そこに目を向けることが大切です。
良い行動をしたときに、その行動が認められる。
その行動によって仕事が進みやすくなる。
周囲から感謝される。
自分自身でも成果を実感できる。
そうした環境があれば、上司が毎回「褒めなければ」と意識しなくても、望ましい行動が続きやすくなるかもしれません。
「効果的な褒め方」を考えることは、単に上手な声かけを身につけることではありません。
大事なのは、「望ましい行動が起こりやすく、続きやすい環境をどうつくるか」を考えることです。
部下の「やる気」や「性格」だけに原因を求めるのではなく、行動と、その前後にある環境との関係に目を向けてみる。
そこから、これまでとは少し違ったマネジメントのあり方が見えてくるかもしれません。
参考文献
Earley, P. C. (1986). Trust, perceived importance of praise and criticism, and work performance: An examination of feedback in the United States and England. Journal of Management, 12(4), 457–473.
榎本あつし(2026)『組織行動マネジメント――行動科学で生産性向上!』日本生産性本部生産性労働情報センター.
Johnson, D. A., Johnson, C. M., & Dave, P. (2022). Performance feedback in organizations: Understanding the functions, forms, and important features. Journal of Organizational Behavior Management, 43(1), 64–89.
Loewy, S., & Bailey, J. (2007). The effects of graphic feedback, goal setting, and manager praise on customer service behaviors. Journal of Organizational Behavior Management, 27(3), 15–26.
Siverbo, S. (2026). Management control through verbal rewards – a systematic review and research agenda. Journal of Management Control.




