当研究所は、2024年8月31日~9月1日に開催された産業・組織心理学会 第39回大会にて、下記の内容で口頭発表を行いました。
- タイトル:「自分らしさ感尺度の開発—サービス職を対象として—」
以下、概要をご紹介いたします。
働く人と感情労働
日本ではサービス産業化が進んでおり、サービス産業がGDPの7割以上、就業者数の7割以上を占めています。サービス産業の中でも、とくに対人サービス職では、特徴的な業務として「感情労働」が議論されてきました。
感情労働とは、仕事をする際に自分の感情をコントロールしながら、相手に対して特定の感情を表現することが求められる労働のことです。例えば、接客業でお客様に対して常に笑顔で親切に接することが挙げられます。
近年では、感情労働として着目される範囲は広がってきており、従来の看護職や接客業等だけでなく、広く人との対面業務がある職種においては感情労働を行っていると捉えられており、働く人の大半が感情労働に従事していると考えられます。
感情労働は、従事者の心身に様々な影響を及ぼしうることが分かっています。その中でも、ネガティブな影響として、感情労働を行うことで自分らしくいられなくなる可能性が指摘されています。
「自分らしさ感」―仕事でも私生活でも自分らしくいること
しかし、仕事で本当の自分を偽ることにより、仕事中はもちろん私生活でも自分らしくいると感じられなくなることについて、十分な検討や実証はなされていません。
そこで本研究では、まずサービス職を対象に、仕事と私生活で自分らしくいると感じている状態(「自分らしさ感」)を明らかにし、測定する尺度を作成しました。
質問紙による調査と分析の結果、仕事における自分らしさ感では、「能力を活かし主体的に仕事に取り組めていること」や「職場の仲間とのつながりを感じていること」が、私生活における自分らしさ感では、「自分の思い通りに過ごしていること」や「仕事に影響されずに自由でいること」が特徴としてそれぞれ見出されました。また、統計的に一定の信頼性と妥当性を備えていることが示されました。
さらに、仕事満足感や家庭満足感とも正の関連が見られ、本尺度は、「仕事で自分らしくいること」と「私生活で自分らしくいること」を測定する新たな尺度であり、ワーク・ライフ・バランスが重要視され、「自分らしく働く」ことが強調される現代において、産業領域のメンタルヘルスの新しい指標として活用できる可能性が示唆されました。
今後の展望―感情労働が求められる中で自分らしくいるには
以上のように、働く人にとって、様々な制限がある仕事と自由な私生活では、自分らしさ感が異なり、どちらも重要であること明らかになりました。
今後は、感情労働と自分らしさ感の関連や、感情労働が求められる中で自分らしさ感をどのように保つか等の検討が望まれます。
<発表者>
佐藤 真美華
臨床心理士・公認心理師
株式会社リーディングマーク 組織心理研究所 研究員
東京大学大学院 教育学研究科 修士課程修了。修士(教育学)。
大学やメンタルクリニック等でカウンセラーとして勤務した後、官公庁にて国家総合職として勤務。2024年に現職入社。臨床心理学の専門性を活かし研究開発や組織支援に携わる。
※産業・組織心理学会とは
国内において産業・組織心理学を標榜する唯一の学会であり、産業・組織心理学の学術的成果の発表、交流の場として1985年に設立。現在、研究者のほかに、企業の人事担当者や安全管理担当者、マーケティング担当者など1,200名を超える会員が活動しており、学会活動として年に一度の研究学術大会の開催、機関誌『産業・組織心理学研究』の発行、部門別研究会の開催、『JAIOPニュース』の発行等を行っている。
(産業・組織心理学会HPはこちら:https://www.jaiop.jp/)