はじめに
「もっと主体的に動いてほしいのに、指示を待ってばかりいる」
「期限を伝えているのに、いつもギリギリになってしまう」
部下のこうした行動を目にすると、「仕事への意識が低いのではないか」「そもそも、やる気がないのではないか」と感じることがあるかもしれません。
もちろん、仕事に対する考え方やモチベーションが行動に影響することはあります。
しかし、「やる気がないから」と結論づけてしまうと、そこで部下への理解が止まってしまいます。
組織に行動分析学を応用するOBM(Organizational Behavior Management:組織行動マネジメント)では、「態度」や「動機づけ」だけではなく、実際の仕事上の行動と、その前後にある環境との関係に注目します。
Taffinder & Viedge(1986)は、職場の生産性を考えるうえで、Antecedent(先行事象)―Behavior(行動)―Consequence(結果)という三項随伴性から、何が行動を引き起こし、何がその行動を維持・強化しているのかを分析することを紹介しています。
OBMは主に米国で盛んなマネジメント手法ですが、近年では本邦でも実践されてきています (榎本, 2026)。
では、「本人のやる気」ではなく、「その行動が起きている環境」から部下の行動を見てみると、何が見えてくるでしょうか。
今回は、行動分析学で用いられるABC分析という考え方を手がかりに、部下の行動について考えてみます。
「何度言ってもやらない」は、本当に本人の問題?
例えば、部下に、
「仕事で問題が起きたら、なるべく早く報告してほしい」
と何度も伝えているとします。
ところが、問題が起きてもなかなか報告してくれません。
こちらから尋ねて、ようやく問題が発覚することが続いています。
こんなことが何度も起これば、
「報連相への意識が低い」
「責任感が足りない」
「何度言ったら分かるんだ」
と思いたくなるかもしれません。
しかし、少し視点を変えてみましょう。
その部下がもし早めに問題を報告したことがあった時、あなたはどのような反応をしているでしょうか。
例えば、
「なんでこんなことになったの?」
「もっと早く気づけなかったの?」
「じゃあ、原因と再発防止策をまとめておいて」
と返していたとします。
一方、部下が報告する行動を行わなければ、少なくともそのような反応は何も起こりません。
そうすると、その部下から見れば、
「報告すると、その結果上司から問い詰められる・単に仕事が増える」
一方、
「報告を後回しにすると、その結果その場では自分にとって嫌なことが起こらない」
という環境になっている可能性があります。
上司は「早く報告して」と伝えている。
しかし、実際の職場では、早く報告するよりも、報告を先延ばしにする方が本人にとって都合のよい結果につながっているとしたらどうでしょうか。
ここまで見てみると、報告しない行動は部下を取り巻く環境の影響も大きく、「本人にやる気がない」という説明とは少し違った景色が見えてきます。
行動の「前」と「後」に着目するABC分析
こうした行動と環境との関係を整理するときに役立つのが、ABC分析です。
ABCとは、
A:Antecedent(先行事象)
行動が起こる前に、どのような状況やきっかけがあったか
B:Behavior(行動)
その人が、実際に何をしたか
C:Consequence(結果)
その行動をした後に、何が起こったか
の頭文字です。
ABC分析は、行動そのものだけを見るのではなく、その行動がどのような状況で起こり、その後どのような結果につながっているのかを整理します。
組織行動の研究でも、この枠組みを使って、行動に関連する環境要因を特定しようとする試みが行われています(Nijhof & Rietdijk, 1999; 榎本, 2026)。
先ほどのケースを整理してみましょう。
A:仕事上の問題が発生する
↓
B:上司への報告を後回しにする
↓
C:上司から問い詰められることを、その場では避けられる
こうして整理すると、「報告しない」という行動がなぜ繰り返されているのかについて、一つの仮説を立てることができます。
もちろん、一度このABCを書き出しただけで、本当の理由が分かるわけではありません。
大切なのは、
「この人はやる気がないから」と人の内面だけで説明するのではなく、「この行動の前後で何が起きているのだろう?」と考えてみることです。

指示だけでは、人の行動は増えない
マネジメントでは、部下に行動してほしいとき、
「ちゃんと報告してね」
「もっと積極的に動こう」
「分からなかったらすぐ聞いて」
など、本人に伝えることに意識が向きやすいかもしれません。
もちろん、指示を明確に伝えることは重要で、これはABCのAの部分に着目した工夫になります。
しかし、ABC分析で考えると、行動の前に何を伝えたかだけではなく、部下のその行動の後に何が起きているのかも重要になります。
例えば上司が、
「分からないことがあったら、遠慮せず質問してね」
と伝えていたとしても、実際に質問すると、
「それくらい自分で考えてよ」
と返される職場だったらどうでしょうか。
あるいは、
「新しいアイデアをどんどん出してほしい」
と言われているのに、提案するたびに、
「前例がないから難しい」
「それ、本当にうまくいくの?」
と否定されるとしたらどうでしょう。
上司が口頭で伝えているメッセージと、実際にその行動をした後に起きていることが一致しない場合、行動分析的には部下の行動は増えるどころか、減る傾向になります。
実際、従業員の欠勤について研究を整理したDurand(1985)は、勤務スケジュールなど行動の前にある先行事象(A)と、報酬や罰など行動後の結果(C)の双方に関する研究をレビューし、出勤行動を改善する際には両方を考慮することが有益だと論じています。
つまり、部下の行動を変えたいとき、
「指示」だけではなく、「部下が実際に行動したとき、何が起きているか」
まで見てみる必要があります。
行動が続く理由は「行動の後」に隠れていることがある
前回の記事では、褒めをテーマに行動分析学の「強化」という考え方を紹介しました。
ある行動の後に何らかの出来事が起こり、その結果としてその行動が将来的に増えることを「強化」と呼びます。
前回の記事でも強調した通り、「褒める=強化」なのではなく、褒めた結果として行動が増えたかを見ることが重要でした。
ABC分析でいうと、この「行動の後に何が起きたか」にあたるのが結果 (C)です。
そして興味深いのは、望ましい行動だけが強化されるわけではないということです。
例えば、
「面倒な仕事を後回しにしたら、その日はやらずに済んだ」
「困っていても相談しなければ、上司から細かく聞かれずに済んだ」
「会議で発言しなければ、反対意見を言われることもなかった」
といった結果によって、「後回しにする」「相談しない」「発言しない」といった望ましくない行動が繰り返される可能性もあります。
これは、本人が意識的に「この行動を繰り返そう」と考えているわけではありません。
行動の後に何が起き、その結果として次に同じ状況になったときの行動がどう変化するのか。
そこを見ることが、行動を理解する手がかりになります。
部下を変える前に、AとCを変えてみる
では、ABC分析をしてみて、望ましくない行動が繰り返される仕組みについて仮説が立ったら、どうすればよいのでしょうか。
一つの考え方は、本人に「もっと頑張って」と求めるだけではなく、
A(行動の前)とC(行動の後)を変えられないか考えることです。
先ほどの「早めに報告してほしい」というケースなら、Aについて、
「問題が起きたら報告する」
だけではなく、
「納期が1日以上遅れそうだと分かった時点でチャットする」
など、いつ、何をすればよいのかを具体的に共有する工夫が挙げられます。
報告用の簡単なフォーマットを用意したり、報告する場所を一本化したりすることも考えられるでしょう。
そしてCについては、早めに報告してくれたとき、
「なんでこんなことになったの?」
と責めたくなる気持ちを一旦置いておき、
「早めに共有してくれて助かった。今なら対応できそうだね」
などと返答してみます。
すると、
問題が起きる→ 早めに報告する→ 早く共有したことが評価され、問題解決も進む
という部下にとっての新しいABCを更新できるかもしれません。

重要なのは、「褒めればよい」ということではありません。
望ましい行動が起こりやすく、起こった後にも続きやすい環境になっているかを考えることです。
ABC分析は、部下を評価するためのものではなく、部下の行動と、それを取り巻く環境との関係を理解し、変えられるポイントを探すための一つの道具です。
部下の行動に困ったときこそ、「本人をどう変えるか」を考える前に、一度A・B・Cを書き出してみてはいかがでしょうか。
参考文献
Durand, V. M. (1985). Employee absenteeism: A selective review of antecedents and consequences. Journal of Organizational Behavior Management, 7(1–2), 135–168.
榎本あつし(2026)『組織行動マネジメント――行動科学で生産性向上!』日本生産性本部生産性労働情報センター.
Nijhof, A. H. J., & Rietdijk, M. M. (1999). An ABC-analysis of ethical organizational behavior. Journal of Business Ethics, 20(1), 39–50.
Taffinder, P., & Viedge, C. (1986). Organizational behaviour management: A functional analysis of productivity. SA Journal of Industrial Psychology, 12(1), 22–25.




