日々変化する現代社会において、ストレスは避けがたいものとなっています。令和4年の厚生労働省の調査(※1)でも、「現在の仕事や職業生活に関することで、強い不安、悩み、ストレスを感じる事柄がある」と回答した労働者の割合は82.2%となっており、働く人の大半が何らかのストレスを感じていることは明らかです。
※1 厚生労働省(2023)「令和4年 労働安全衛生調査(実態調査)」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/r04-46-50b.html
このような状況において、ストレスマネジメントの重要性は増しており、従業員としても管理者としても、関心の高いところとなっています。
そこで今回は、認知行動療法を活用した職場でのストレス対処法についてご紹介します。
仕事でのプレッシャーや不安、落ち込み、人間関係などから生じるストレスを抱えている方は、ぜひ試してみていただければと思います。
認知行動療法とは?
認知行動療法とは、心理療法の一種で、考え(認知)や行動に働きかけることで、ストレスの軽減や心理的問題の解決を図るものです。
もともとはうつ病に対する治療法として開発され、これまでにうつ病や不安障害からストレス対処まで、広い範囲で効果が実証されています。また、医療領域だけでなく、教育、ビジネス、スポーツなど様々な領域でも応用されています。
セルフケアとの相性も良いことから、近年注目を浴びているため、目にした、あるいは耳にしたことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。ストレスチェック制度においても、厚生労働省が公開している実施マニュアルの中で、セルフケアの具体例として認知行動療法に基づく方法が紹介されています(※2)。
※2 厚生労働省(2016)「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/pdf/150507-1.pdf
認知行動療法では、「環境(出来事や状況)」と環境に対する自分の「考え」、「感情」、「行動」、「身体反応」の相互作用として、こころを捉えます。
この仕組みについて、具体的に説明します。
ある出来事や状況に直面した際に、まず私たちの頭には何らかの「考え」が浮かびます。そして、その考えに応じて「感情」や「行動」がおこり、「身体」の変化が生じてきます(図1)。
たとえば、大事なプレゼンの直前は、緊張することもあるのではないでしょうか。
「大事なプレゼンの直前」という状況に対し、「先方に納得してもらえるだろうか」、「失敗したら自分のせいだ」という「考え」が浮かぶことで、緊張したり、不安を感じたりします(「感情」)。そして、そわそわして業務に集中できず、自席で落ち着いていられなくなります(「行動」)。胃が痛くなり、手汗が出てくることもあるでしょう(「身体反応」)(図2)。
緊張すること自体はネガティブなことではありませんが、過度に緊張しすぎて思うようにいかなかったり、体調を崩してしまったりすると困った問題になってきます。
認知行動療法では、こころの仕組みをこのように捉え、「環境」、「考え(認知)」、「行動」、「身体反応」、「感情」に着目して、いずれかを変化させることにより、こころの問題(一般にストレスと呼ばれるもの)の軽減・解決を目指します。
ストレスの悪循環
ポジティブな気分の時は、前向きな考えをしやすく、新しいことにもどんどんチャレンジできます。逆に、ネガティブな気分の時は否定的な考え方をしやすく、新しい行動を避けがちになって活動範囲が狭くなります。
また、怒りの気持ちがわくと体が熱くなり、緊張すると食欲がわかなかったり腹痛に悩まされたりすることがあります。
このように、「考え」・「感情」・「行動」・「身体反応」は密接に関係しており、その結果悪循環に陥ってしまうことがあります。
たとえば、仕事でミスを繰り返してしまった時、「自分はダメな人間だ」、「この仕事に向いていないんじゃないか」という「考え」が浮かんできたとします。すると、気分は落ち込み、業務に集中できなくなります。「またミスをするかも」と考えると、強い不安を感じ、胃痛が出てくるかもしれません。夜の寝つきも悪くなって、疲れは解消されません。睡眠不足から日中はイライラしてしまって、些細なことにも強い口調で反論してしまいます。
我々は日々いろいろな問題に直面しますが、たいていはそうした問題にうまく対処しています。しかし、うまく対処できないことの影響が大きくなると上記のような悪循環に陥ってしまいやすくなります。
こうした悪循環に陥らないためにも、認知行動療法を用いて、自身のこころの状態を整理し、対処法を考え、取り組んでいくことが有効となります。
すぐに取り組める!
認知行動療法に基づいたストレス対処法3選
1.自分の状態を理解する
ストレスを感じた時、「なんだかつらい」、「なんとなく不安」など、漠然とした状態であることが多いのではないでしょうか。漠然とした状態は、実際以上に対処が難しそうに見えてしまうものです。
まずは、上記の枠組みに沿って、「ストレスを感じた状況」、その時の「考え」、「感情」、「行動」、「身体の反応」に分けて、自分のこころの状態を整理してみましょう。整理してみることで、具体的にどのような部分がストレスになっているかが分かります。
ストレスから距離を置いて客観的に自分の状態を見てみると、少し冷静になり、どのように対処できそうか見えてくる部分もあるでしょう。
また、整理した内容については、「こんなことを考えてしまう、感じてしまうのは良くないことだ」など、良し悪しの評価はせず、「自分はこんな風に考えていたのか」とフラットに受け取るように心がけてみてください。
2.考え方を工夫する
1で自分の状態が整理できたら、「感情」や「行動」、「身体」に影響を及ぼしている「考え」に注目し、考え方を工夫できないか検討してみましょう。
「考えを変えなければならない」、「ポジティブに考えなければならない」というわけではなく、自分が納得できるバランスの取れた考え方を目指します。
工夫の方法としては、以下のようなものが挙げられます。考えを工夫してみると、感情はどのように、どの程度変わるか確かめてみてください。
①他の人だったら?を考えてみる
―友人が同じことで悩んでいたら何と声をかけるか
―友人に相談したらどう言ってくれそうか
(例)状況:大事なプレゼンの直前
⇒友人への声かけ「いつも良いプレゼンができているから自信もって!」
⇒友人ならどう言ってくれそうか「大丈夫、君ならうまくいくよ」
②考えの根拠を探してみる
―自分の考えを支持する事実、反している事実を探し、偏った考えになっていないか確かめる
(例)状況:仕事でミスを繰り返した
⇒考えを支持する事実:ダブルチェックを怠ってしまった
⇒反している事実:別の業務ではできることが増え、周りからも賞賛された
③これまでを振り返ってみる
―以前に同様の状況でうまく対処できた時はどのように考えていたか思い出してみる
(例)状況:大事なプレゼンの直前
⇒以前重大プロジェクトを任せてもらった時。
「絶対成功させる」、「何かあったらメンバーもフォローしてくれる」
と考えて取り組み、結果成功することができた。
考えを工夫するのは難しいことなので、練習が必要です。いろいろな方法を試してみて、自分に合った考え方の工夫の仕方を見つけてみてください。
3.深呼吸を取り入れる
3つ目は、身体へのアプローチについて紹介します。
不安になると動悸がしたり、緊張すると手が震えたりするなど、「感情」と「身体」は密接に関連しています。リラックスしている時に比べ、ストレスを感じている時は、無意識に呼吸が浅く、早くなってしまっていることが多いです。
呼吸法によって呼吸をコントロールすることは、不安の軽減やリラックス効果が実証されています。呼吸は、身体の反応の中でも比較的コントロールしやすい部分であり、簡単に取り組めるものですので、ぜひ試してみてください。
①背筋を伸ばして楽な姿勢をとる(目を閉じてもOK)。
②ゆっくりと鼻から息を吸い、1から4まで数える。息を吸ったときに腹部が膨らむのを感じる。
③吸い終わったら5秒間息を止める
④口からゆっくりと息を吐きだしながら1から6まで数える。吐くときに腹部がへこむのを感じる。
⑤②~④を数回繰り返す
深呼吸をした後は、呼吸を意識的にコントロールすることで、気持ちや身体がどう変化したか、ぜひ振り返ってみてください。
今回は、認知行動療法の基本的な考え方とそれに基づくストレス対処法を3つご紹介しました。
少しずつ取り入れていただけるものですので、ぜひ日々のストレス対処の参考にしていただければと思います。