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健康経営の成果は“組織文化”で決まる──行動心理学に基づくアプローチ

2026/01/16
目次

企業が「健康経営」に取り組む動きが加速しています。従業員の健康増進や医療費削減のみならず、生産性向上・離職抑制・企業の魅力向上といった効果が期待されるため、経営戦略の中心テーマとして扱う企業も増えてきました。

しかし現場に目を向けると次のような声が聞こえてきます。

・健康施策を実施しても参加率が低い

・一時的に盛り上がってもすぐにやめてしまう

・ウォーキング施策が形骸化する

・食生活改善・メンタルケアなどが続かない

・管理職の巻き込みが難しい

健康経営はやるべきことが「正しい」のに、なぜ現場で根付かないのか。本コラムでは心理学と行動科学の知見から、健康経営の本質を解き明かします。

結論から言うと、健康経営がうまくいくかどうかは、施策の巧拙ではなく、“組織風土・コミュニティ・マネジメント”によって決まります。これは行動変容モデルや組織心理学、ウェルビーイング研究が一致して示している知見です。

以下では、健康経営が形骸化する理由と、成果が出る組織づくりのポイントを体系的に整理していきます。

健康経営の本質──健康は「個人の問題」ではなく「組織の資産」

そもそも、健康経営とはなんでしょうか?経済産業省のホームページには以下のように記述されています。

「健康経営」とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することです。

企業理念に基づき、従業員等への健康投資を行うことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながると期待されます。

このように、健康経営は、日本再興戦略、未来投資戦略に位置づけられた「国民の健康寿命の延伸」に関する取り組みの一つです。

日本では2014年に経済産業省が顕彰制度を開始し、「健康経営銘柄」「健康経営優良法人」の認定が開始されました。では実際のところ、日本の健康経営の状況はどうなっているのでしょうか。

これについては、多くの事例研究で「おおむね従業員の参加率は低い」ことが指摘されています(栗林・月間, 2018 など)。

日本で主に導入されている健康経営の取り組みも、多くの企業では、“健康=ヘルスチェック・運動促進”という狭い理解にとどまりがちです。

しかし、健康経営の国際的議論では、健康は従業員の身体・心理・社会的側面を統合したウェルビーイングを指し、世界保健機関(WHO)も以下のように定義しています。

"健康とは、身体的・精神的・社会的に完全な良好状態"

つまり、職場における健康経営は、

・メンタルの安定(心理的側面)

・人間関係・コミュニティ(社会的側面)

・生活習慣・身体のケア(身体面)

という“三つ巴の仕組み”として設計すべきものです。これを理解せず、身体的施策だけ行っても成功しないのは当然だと言えます。

健康施策が続かないのは「行動変容の仕組み」を踏んでいないから


健康経営の失敗の多くは、行動変容の心理学的ステップを無視していることに起因します。

行動科学の理論モデルであるトランスセオレティカルモデル(行動変容ステージモデル:Prochaska & Velicer, 1997)では、人の行動変容は以下の5段階を経て進むとされています。

【行動変容の5ステージ】

・無関心期:変える気がない

・関心期:変えたほうが良いと思い始める

・準備期:行動を始める準備ができた

・実行期:行動を開始

・維持期:行動が習慣化する

重要なのは、ステージごとに必要な支援が根本的に違うという点です。例えば、無関心期の社員に「歩きましょう」「食生活を変えましょう」と促しても効果はなく、むしろ逆効果です。

健康経営が形骸化する大きな理由のひとつは、

・全員に同じ施策を与えてしまう

・行動変容ステージを見ずに施策を設計する

・継続が難しい初期設計のまま放置する

という“心理モデルを無視した施策運用”にあります。

下の表は、それぞれのステージにおいて重要となる要因をまとめたものです。

このように、各段階で適切となる介入と、不適切な介入が異なるため、メンバーがどの段階にあるか正しく把握し、打ち手を検討する必要があります。


健康経営が成功するカギ:「組織風土」と「コミュニティ」

行動科学や組織心理学の研究からはっきりしていることは、組織文化が健康行動の実施率を決定するという事実です。

たとえば、職場に次のような風土があるかどうかは非常に重要です。

健康経営が成功しやすい組織風土

・健康習慣を話題にしやすい

・休憩・運動に罪悪感を抱かない

・上司が率先して健康行動を示す

・メンバー同士が応援し合う

・健康を「職務の一部」と考えている

逆に、次の特徴がある組織では、健康経営はほぼ確実に失敗します。

健康経営が失敗しやすい組織風土

・忙しさが常態化している

・健康より成果を優先し続ける価値観

・休憩を「怠け」とみなす風潮

・健康施策が“人事の仕事”として孤立している

・上司の理解が乏しい


このように、施策の前に「文化」を整えなければ、健康経営は根づきません。

そして、心理学でもっとも再現性の高い健康増進施策の一つは、“仲間と一緒に取り組む仕組み作り”です。

理由は明確で、「自己決定理論(Deci & Ryan, 1985)」が示す通り、関係性(Relatedness)は、人が行動を続ける上で強い推進力となるからです。

具体的には以下のようなコミュニティ要素が行動継続を強力に促します。

健康経営の成功を促すコミュニティ要素

 ・仲間の存在

 ・上司の励まし

 ・小さな成功の共有

 ・成果報告の場

 ・チーム間の競争・協力

 ・応援文化

企業の健康経営の成功事例の多くは、コミュニティの設計を重視しています。

健康経営は「習慣化の科学」を使わないと続かない

健康行動は意志では続きません。続く仕組みは科学的に決まっています。

代表的な習慣化のポイントは次の通りです。


健康行動を習慣化する科学的ポイント

・初期は“即時フィードバック”を与える

  → 健康行動の成果が見えるように記録する

・成功体験を小刻みに作る

  → 1日1,000歩増など小さな目標

・行動のハードルを下げる

  → “5分だけ運動”など開始難度の調整

・行動をトリガー化する

  → 退勤後すぐにストレッチ、昼休みに散歩など

・環境を整える

  → 歩きやすい動線、椅子の配置、階段利用

健康経営の施策で最も重要なのは、「個人の努力」ではなく「組織が継続を支援する仕組み」を設計することです。


成果が出る健康経営の“4つの実践ステップ”

上記のすべての知見を統合し、実際に成果が出る健康経営のステップをまとめると次の通りです。

① 組織の価値観(風土)を整える

 ・健康を“職務の一部”と位置づける

 ・休む・動くことに肯定的な文化を作る

 ・忙しさ偏重文化を見直す

② 行動変容ステージに合った施策設計

 ・無関心期には“気づき”を提供

 ・関心期には“利得”を提示

 ・準備期には“行動設計”を手伝う

 ・実行期は“フィードバック”

 ・維持期は“コミュニティ”が要

③コミュニティデザインで“健康の伝播”を起こす

 ・チームでの目標設定

 ・成果共有の場

 ・仲間の励ましを仕組み化

 ・部署横断のチャレンジ企画

④継続を生む“習慣化の科学”を施策に組み込む

 ・スモールステップ

 ・記録・可視化

 ・即時フィードバック

 ・トリガー設定

 ・環境設計

これらが整った組織は、自然と健康行動が増え、活力のある職場に変わります。

健康経営は、人事部が行う“福利厚生の延長”ではありません。

重要なのは、健康経営は“人を健康にすること”ではなく、“健康になり続ける組織をつくること”であるという視点です。

健康を重視する組織は、結局のところ“働く人のエネルギー”が最も高い組織であり、そのエネルギーこそが生産性・創造性・定着率を高める最大の源泉となります。

企業の未来をつくるのは、「健康に働ける組織文化」です。健康経営は、その文化を形づくる最も強力な経営戦略なのです。

(組織心理研究所 主任研究員 丹野宏昭)


文献

経済産業省ホームページ 健康経営 https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenko_keiei.html

栗林 勝・月間 紗也 (2018).企業における健康経営の現状 心身医学 58 (3), 255-260.

Prochaska, J. O., & Velicer, W. F. (1997). The transtheoretical model. American Journal of Health Promotion, 12(1), 38–48.

岡 浩一朗 (2000).行動変容のトランスセオレティカル・モデルに基づく運動アドヒレンス研究の動向 体育学研究, 45, 543-561.

Deci, E. L., & Ryan, R. M. (1985). Intrinsic Motivation and Self-Determination in Human Behavior. Springer.

#行動変容#習慣化#健康経営#動機づけ
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